野菜

冬の寒さにはこいつが一番ですよね

「松本一本ねぎ」
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ここのところ冷えが厳しくなっています。こうやって寒くなってくると、食べ物でも体を温めたくなりますよね。その代名詞として頭に浮かぶのは、当然「鍋」。で、鍋物には絶対に欠かせないものであり、かつまたあつあつの蕎麦やうどんの薬味、湯気の向こうで微笑むラーメンの具、他には焼き鳥や串焼きとしても大活躍するのが「ねぎ」だっていうことぐらい、友よ、もうおわかりですよね。わが長野県の平成15年産ねぎの収穫量は12,200トン(農水省「野菜生産出荷統計」/同年全国514,600トン収穫)と、けして多いわけではありませんが、寒い冬にはきのこと一緒に鍋に入れて温まりたいものなのであります!!

これであなたもねぎ博士
ねぎ類の植物(ねぎ属/ネギ、ニンニク、ラッキョウ、ニラ、ヒル、ワケギなど)を、英語ではアリューム属といい、その語源は、臭う(olere)とか、強く臭うもの(halium)とかいう意味なのだそうです。東洋でも、中国の古書に登場する「葱」は「キ(紀、奇、気など)」と言い、特に、臭いが強いものと言う意味で、かつては「気」と呼んでいました。「気(き)」一文字の名称にちなんで、女房ことば(御所ことば)ではねぎを「ひともじ」ともいいます。(ちなみにニラのことを「ふたもじ」と言うそうです。おもしろいですね)

「キ(葱)」の根の部分を食用とすることから、「根葱(ねぎ)」と呼び、「根深(ねぶか)」とも言いました。また、漢字の「葱」は「ねぎ」以外に、「ソウ」とも読まれます。実は「蒼(ソウ)」の文字と同じく、浅い青色を意味したりもします。それで、ねぎの白と書いた葱白(ソウハク)が葱の白根でなく、最も淡い藍色を指し、ねぎの根は葱根と書きます。

ekiken.jpg江戸時代に長生きの研究をしていた貝原益軒という人物が書いた本『大和本草』(1709年)の「大倭本草巻之五・草之一」には「ねぎによって死人を蘇らせる話」なんていうのが紹介されています。弥生時代に薬草のひとつとして日本列島に持ち込まれて以来、ねぎは、薬用に用いられたのみならず、呪術的色彩をも持たされていたのです。それ故に、神事や祭事にも使われました。

でも仏教では「葷酒山門に入るを許さず」というタテマエがあって「お酒」と「葷(くん)」と呼ばれる「ネギ、ニンニク、ラッキョウ、ニラ、ヒル」の5つは寺の中に持ち込んではならないとされていました。匂いが問題だったのではなく、これを多く食べると精力が旺盛になって修行の妨げになるからだという説もあります。

また、後漢末(3世紀初め)の有名な漢詩「孔雀東南飛」に「指は葱根を削るが如し、口は朱丹を含むが如し」と詠われているように、葱根とは女性の白い指のたとえでもあります。いやいや、こうなると葱の文字にもなんとなく色気が出てくるではありませんか。

日本人に愛されるねぎ、西洋人の好むリーキ
ねぎ属に属する植物は、ヨーロッパ、アジア、北アフリカ、北アメリカなど北半球の温帯を中心に、約450種存在します。その内、わが国にあるものは18種。原産地は中国西部からシルクロード沿線にかけての地域と言われていますが、未だ野生種が発見されていないため、確かなことは分かりません。元々は温帯の野菜ですが、寒さ、暑さに強く、アジアでは寒帯から熱帯まで広く栽培されています。

さらに今やネギ属は、世界各地で、野菜、花、薬草として栽培されているのです。野菜として栽培されている主のものは、ねぎ、タマねぎ、ニンニク、ラツキョウ、ニラ、アサツキ、ワケギ、リーキや、ヤグラねぎなどがあります。西洋では、主として、タマねぎ、ニンニク、リーキ(西洋ねぎ)が栽培され、食卓を飾りますが、ねぎ、ラッキョウ、ニラ、アサツキは東洋独特の作物のようで、西洋人には馴染みが薄いようです。

これがリーキ
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リーキは西洋ねぎとも呼ばれますが、実はねぎとは別種の植物。日本には、明治時代に導入されましたが、下仁田ねぎによく似ていることから、一般には普及しませんでした。リーキと言う名は知らなくても、フランス料理店のメニューなどで、ポロねぎとか、ポワロと言う名前で出ているので、実は知っていたりするかもしれません。オーストラリアやベルギーからの輸入ものが主で、ヨーロッパでは何故か、「貧乏人のアスパラガス」と呼ばれて広く使われている野菜です。ところで、ポワロと言えば、名探偵を思い出す方もいますね。そうなんです。ベルギー生まれの彼の名探偵の姓は「西洋ねぎ」だったのです。

ねぎはそれぞれの土地の文化なりや?
ねぎは簡単に採種できることから、古くから日本各地で栽培しているうちに、それぞれの地方に適応した多くの品種が作り出されてきました。流通経路の発達により、全国的に同じ品種の野菜が容易に手に入る中で、ねぎだけは今なお地域による独自性を保つ数少ない野菜のひとつではないでしょうか。

例えば、埼玉県深谷市周辺で作られる茎が太く柔らかい「深谷ねぎ」や群馬県下仁田町の特産品で太くずんぐりした独特な形と甘みが特徴でよく鍋などに使われる「下仁田ねぎ」、埼玉県岩槻市で栽培されている関東では珍しい葉ねぎである「岩槻ねぎ」など有名なねぎが各地にあります。

信州には主なところで「松代根深一本太ねぎ」と「松本一本太ねぎ」があります。「松代根深一本太ねぎ」は現在の長野市塩田で栽培されていた通称「塩崎ねぎ」を大正初期から酒井芳太郎氏等の篤農家が選抜と採取を繰り返し、昭和30年代初期に名称を統一したものです。しかし、その祖先にあたる「塩崎ねぎ」は松本一本太ねぎの系統とされています。信州のねぎの代表は「松本一本太ねぎ」なのかもしれません。

この「松本一本太ねぎ」は、江戸時代には既に盛んに栽培されたと言われています。それは「新三河風土記」という本に書かれた以下のような「兎(うさぎ)の吸い物」という話にも出てくることからもわかります。

徳川家康のご先祖さまの有親という武士が信州を訪れた時、一緒に足利持氏の側近として仕えた林藤助光政という武士が、郷里の山辺(松本市)にいるのを思い出した。

 久しぶりに再会した有親と藤助だったが、藤助にはせっかくの客をもてなすものが何もなかった。

 藤助は弓矢をもって外い出たが、大雪で小鳥一羽もいなく、諦めて帰ろうとした時、兎が一羽、田の畔に飛び出してきた。

 藤助は弓の名人だったので、兎を射とめた。

 この日は陰暦の12月29日で、あくる日は永享12年元旦だった。藤助は、正月の馳走に兎と自園のねぎを使った吸い物をつくって有親をもてなした。

 その後徳川家では、大雪の中で出してもらった「兎の吸物」の暖かい心を忘れないように、毎年元旦は兎の吸物を吉例とし、歴代の松本藩主は12月29日までこれを将軍家に献上した。

 以来、江戸時代から関東中京方面に「松本ねぎ」は土産品・贈答用として重宝され、「松本ねぎ」の味覚は全国一を誇り、新年の吉祥を意味する野菜として有名になった。

 このことは「をりにあへば千代の例になりにけり雪の林に得たる兎も」と、徳川家の年中行事の歌合せに詠まれ、藤助が兎を射止めた場所は、「兎田」と名付けられ免租になった。そしていつからか分からないが「兎田旧跡」という碑が建っている。

こうした民話が残る「松本ねぎ」は大正初期には松本市筑摩、並柳等を中心に、22ヘクタール程が栽培され363トンの生産高があったようです。現在は、その後育成されたと言われる品種「松本一本ねぎ」が、松本市以南の中南信地方ではかなり広範囲で作付けされています。また、「仙台曲がりねぎ」や「加賀一本太ねぎ」など、いくつかの地方のねぎは、松本一本ねぎから選抜されたことにルーツがあります。なお、下仁田ねぎも江戸時代には将軍家に献上していたことから、別名「殿様ねぎ」とも言われているようです。

 

これがねぎの旬と選ぶポイント
芭蕉の句として有名な「ねぎ白く 洗ひたてたる さむさ哉」と詠まれるように、「ねぎ」は「ねぎ汁」、「ねぎ鮪(鍋)」などとともに冬の季語とされています。軟白部に養分をタップリ蓄積し、鍋物に合う根深ねぎは当然のごとく冬の野菜です。ただし、「ねぎの花」、「ねぎの擬宝」、「ねぎ坊主」は春の季語となっているように、ねぎは決して冬だけの野菜ではなく、葉ねぎは暑さに強く夏ものと言ったところでしょうか。

太ねぎ、長ねぎ、関東ねぎなどとも言われる根深ねぎの旬は、一般的に10月から3月で、特に冬です。冬場の根深ねぎの美味しさは、肉質が厚く緻密で、水分が多く甘みがあり、歯切れのよさがあります。品種と作付けのヤリクリで、現在では一年中、市場には出ていますが、味も香りやっぱり旬のときですよね。

軟白ねぎを選ぶ時は、緑葉と軟白部の境目がハッキリ分かれ、緑色はあくまで濃く艶があり、軟白部は鮮やかに白い物がいいねぎです。また、しおれていないもの、白色部に弾力があるものが新鮮です。そして、長くてよく締まっているもの、輪切りにした時に、中身が出てくるぐらい肉の詰まったものが、歯切れもよく、多肉多汁で甘みがあります。

一方、関西系ともいえる葉ねぎは、冬にも出回りますが、根深ねぎの味が落ち、青菜類の少ない早春には、なによりの野菜です。葉ねぎは、葉にしおれや折れがなく、葉先まで鮮やかな緑色で、ピンと張っているものを選びます。瑞々しい青緑色で、香りが強いものが新鮮なものです。太さはいろいろなものがありますので、好みのものを選んでください。

根深ねぎも葉ねぎも、ラツプで全体を包装したり、新聞紙などに包んで、5度前後の冷蔵庫か、冷暗所に立てて置くと一週間ぐらいは持ちます。また冬場の泥つき根深ねぎは、日陰の土中に斜め埋めておくと、春まで新鮮なものを楽しめます。

葉ねぎを薬味などに切りすぎて残った時は、冷凍しておくと適宜利用できます。但し、切ってすぐに凍結すると、団子になってしまうので、軽く切り口を乾燥さえてから凍結することをおすすめします。

ねぎの栄養価と機能性
ねぎは、漢方医学の立場からもその効能はよく知られています。すでに述べたように、江戸時代の貝原益軒が書いた『大和本草』には、漢方書からの引用として急死した人の鼻や耳にねぎを差し込むと、死人が鼻血を出して蘇ると言う、極端な話が記載されているほどです。ねぎの効能は、昔から信じられていたんですね。

実際に死者を蘇らすのは無理ですが、ねぎには優れた栄養価、機能性成分があります。カロチン(ビタミンA効果)、ビタミンC、カリウムを多く含みますが、カロチンは緑色部分にのみに含まれます。食用部分で考えると、葉を食す葉ねぎの方が栄養的には根深ねぎより優れていると言えます。ただ、硬いため捨てられてしまう根深ねぎの葉の緑色部分にも、相当量のカロチン、ビタミンCを含んでいます。葉を出来るだけ捨てずに、みそ汁などに利用するといいですよ。

根深ねぎは土の下で冬眠しながら白い部分にタップリ糖分を貯えます。そのため、ねぎは寒ければ寒いほど甘みが増すとも言われるのです。一方、葉ねぎの方が根深ねぎよりミネラル、カロチン、ビタミンCやB群が多く含まれています。

ねぎが昔から身体に良いとされてきたのは、ねぎ類特有の機能性成分によります。
その中の一つ、アリシンは、ビタミンB1と結びついて、より効果のあるアリチアミンを作ります。これは腸からの吸収され、疲労回復や冷え性などに効果があります。また、ねぎを刻んだ時、目に染みる成分の硫化アリルは、生で食べると神経を刺激して消化液の分泌が盛んになり、食欲がでます。ねぎを生で薬味に使うのは、この食欲増進効果を狙っているのです。

この硫化アリルは鎮静効果もあり、よく眠れない時に枕元にねぎやタマねぎを刻んで置いておくと、硫化アリルが神経を鎮める役割をしてよく眠れるようです。さらに、ねぎには身体を温める効果があり、その結果、内臓の動きは活発になり、血行がよくなり、体内の余分な水分や老廃物を排除するので血液の浄化、便秘、整腸、利尿にも役立つます。加えて、神経痛などにも薬効を示すとも言われています。

食べたくなったでしょ?
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冬将軍の極寒に耐え、風邪を引かないためにも、ねぎが一番!!

各地の地物ねぎもいいですが、信州産の「松本一本ねぎ」は太い割りに柔らかく甘みもあるねぎで、煮物やお鍋、お好み焼きなどに最適です。あまりにも柔らかくて、中心部が溶けてしまうほどです。

ぜひ一度ご賞味ください。なお、「松本一本ねぎ」は12月中旬頃までの生産ですので、ご了承ください。

こちらは の記事です。
農畜産物や店舗・施設の状況は変わることもございますので、あらかじめご了承ください。

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