秋が深まるとマウンテンカントリーに住むわたしたち信州人は、野山の恵みを味わう機会が多くなります。本日はクルミの産地で名高い信州の東に位置する東御市より、クルミ好きのみなさまもきっとまだ知らない、クルミをさらにおいしく感じるお話をお届けします。
おつまみや料理に、そしてお菓子作りには欠かせない材料として、クルミは、昔も今も、世界中の人々に愛されています。歯ごたえと風味、高タンパクで鉄分、ミネラル、ビタミンの豊富な栄養素は、人間だけでなく、山に暮らす動物や鳥たちにも好まれているのです。
けれどもクルミの実を口に運ぶまでには、硬い殻をひとつひとつ割らなければなりません。スーパーなどで実の部分だけが袋詰めにされ、手軽に食べられるようになっていますが、木になっているときには分厚い皮に護られ薄茶色の硬い殻のなかに隠れているのです。
それは苦労して割って食べるもの?
この硬い殻に包まれたおいしい実をとりだすには、金づちやクルミ割り器を使って、コツコツと殻を割らなければなりません。それが一苦労なのは誰もが知っています。カラスだって知っています。カラスが道路にクルミを落とし、自動車がその上を通ることで割れた殻から、うまいこと実を食べている様子を見たことがある方もいらっしゃるでしょう。
けれども「クルミは殻が硬い」という定説を覆すクルミが、信州の東信地方にあるのです。長野市の隣に位置する東御市は、全国有数のクルミの産地。そこで栽培されているクルミの特徴は「手で割れるくらい薄い殻」なのです。そうです、片手でも割れるのです!
その大きく立派な実と濃厚な味は、外国産のものと比べていただければ、違いがきっとお分かりになるでしょう。東御市で栽培される自慢のクルミは、品質にも改良に改良を重ねるなど、先人の努力で守られてきました。日本くるみ会議会長の矢嶋征雄さんに、東御市で栽培されているクルミの"おいしい秘密"を教えていただきました。
力を合わせてクルミ里を守ろうと奮闘してきた日本くるみ会議会長の矢嶋征雄(やじままさお)さん(右)と、東御市農林課長の小野澤文利(おのざわふみとし)さん(左)
大玉で風味がよく、濃厚な味で「うす殻」
栽培クルミの原産地は西アジアから東ヨーロッパにかけてです。北半球の世界各地で栽培されているクルミの基本種はペルシャグルミ(西回りで、イングリッシュウォルナッツともいう)。そしてその東回りの変種のテウチグルミ(カシグルミ)。テウチグルミは交易によって運ばれ、平城宮跡からも出土していますので、早いもので弥生時代に古代中国から、西回りの栽培種ペルシャグルミは江戸時代から明治時代にかけて朝鮮半島やアメリカから日本列島に入ってきました。これらが自然交雑によりできたものの改良種を「シナノグルミ」といいます。各国に自生する野生種の基本種は「バターナッツ」で共通とされていますが、その国により呼称が異なります。日本に固有の別種のクルミは鬼グルミ、姫グルミといいますが、これは先ほど説明したとおり野生種のバターナッツが進化して日本固有の風土で育ったもので、これはこれで実に風味がよく、味にコクがあるのが特徴です。 しかし当然のごとく殻が非常に硬く、食べにくいため、生産量も少なく、各地にわずかに自生する貴重なクルミとされています。
東御市がクルミの里となったのは、かつて大正時代になってすぐ天皇の即位を記念してこの地域の全戸にクルミの苗木が配られたことがきっかけでした。その後の歴史の中で産学官(JA信州うえだ、県、東御市、信州大学)が生産者とともに協力しあって、一大産地を築きました。研究に研究を重ね、優良品種の選抜・育成を行い、大玉で風味がよく、濃厚な味で「うす殻」のクルミが生み出されたのです。
主に栽培されているクルミ。品種によって形は異なるが、殻の厚さは1.3〜1.5ミリと薄い。
左から/信鈴(しんれい)、美鶴(みつる)、要鈴(ようれい)
清香(せいこう)、東鋼(とうこう)、豊園(ほうえん)
「自然乾燥」でうまみを閉じ込める
東御のクルミがおいしい理由は、苗木とこの土地の風土に秘密があるようです。クルミの苗木には種子から育てた実生苗(みしょうなえ)から育てるものと、2種類の植物体を、人為的に作った切断面で接着して1つの個体とする、接ぎ木(つぎき)からできるものがあります。接ぎ木に我が国固有の鬼グルミを使うことで、鬼グルミの味の良さを生かしつつも、殻は薄く、実は大きいクルミの木を栽培することに成功したといいます。
9月下旬から10月の中旬に収穫されたクルミは、きれいに洗われたのち、およそ一ヶ月ほど風通しのよい場所で「自然乾燥」されます。乾燥させることで味のよさが増すからです。
そしてこの「自然乾燥」という乾燥方法も、おいしさのポイントです。世界で生産されている年間約100万トンのクルミのうち、約60万トンがカルフォルニアと中国産で、私たちが口にするクルミも多くがこちらのものです。これらの産地では、クルミの乾燥に「火力乾燥」という方法を使います。この方法は大量のクルミを短時間で乾燥させることが出来ますが、実に熱が入ってしまい、脂肪とタンパク質が多いクルミの酸化を早めてしまうので、せっかくの風味が壊れてしまいます。一方、この地で栽培されるクルミは「自然乾燥」されることで、ゆっくり時間をかけてうまみを実に閉じ込めます。
ゆっくりと日干しして自然乾燥されるクルミ
自慢のクルミを召しあがってみてください
東御市は年間を通して1,000ミリ以下と降水量が少ない土地。日当たりも良い土地柄で、今回訪れた「サンファームとうみ」のある場所は南に傾斜しており、クルミを自然乾燥させるにはもってこいの立地条件でした。
「日本にはこれだけの産地はないんですよ」矢嶋さんは続けました。「出回っている多くは外国産だし、あんまりおいしくないでしょ?」
そう言って日干し中のクルミをバリバリと手で割り、その実を食べさせてくださいました。ふむ。確かに、普段口にしていたクルミの味とはまったく違います。香ばしくしっかりとした風味、濃厚な味は、目を閉じてしまうようなおいしさでした。
東御市役所の小野澤さんは「収穫直後の生のクルミの味も一味違って格別」で、「乾燥させる直前に殻を割って、風味が損なわれる前に味わう」のがおすすめだと教えてくれました。
矢嶋さんは今後、栽培者の高齢化が進んでいることから、クルミの木のわい化(木を小型に仕立てる栽培方法)に取り組み、手入れや収穫がしやすい栽培方法の研究や、クルミの木が10年から25年ほどで大きな実をつけるという性格を栽培に上手く取り入れて、自慢のおいしいクルミを生み出す長野県東御市という産地を守り続けるべく、市やJA、県と共に取り組みをしていくと言います。
信州のクルミの里のクルミは、殻つきでぜひ味わってみてください。
東御市では「くるみ祭り」が、もうじきはじまります。
「くるみ祭り」のお知らせ:
第4回 くるみ祭り
日時 11月20日(土)と21日(日)の2日間
会場 道の駅 雷電くるみの里
住所 長野県東御市滋野乙4524−1
電話 0268−63−0963
信州道の駅 雷電くるみの里ホームページ
内容 くるみの展示、くるみ料理、販売等
関連情報:
「本年クルミの販売について」
・11月1日より予約申し込み開始
・受付場所:JA信州うえだ 直売センター東部店
(東御市鞍掛39−2)
・受付方法:電話またはファックスによる申込
電話・ファックスとも同一番号
0268−64−3153
※販売価格:直接電話でお問い合わせください。