そうです、トマトですよ、トマト。旬は夏ですが、今では1年を通して食べられる野菜のひとつです。「トマトが赤くなると医者が青くなる」という言葉があるぐらい、栄養価が優れるトマト。伊那市の城倉禾一(じょうくら・かいち)さん(63)は、JA上伊那管内で唯一、大玉品種「桃太郎ヨーク」の冬期栽培をしている農家です。訪れた先の、すでに春爛漫を思わせる暖かなハウス内では、次々とトマトが赤く実を実らせていました。
4000本の苗木が整然と
伊那市は信州の中南部にあり、西に中央アルプス、東に南アルプスと2つのアルプスを望む風光明媚な地域。城倉さんのハウスは中央アルプスを背にした標高800mほどの高台にあり、伊那谷から南アルプスを一望する眺めの良い場所にありました。幅25m、奥行き90mの広い温室の中は、最低気温は5度、標準温度は15度と、常夏ならぬ"常春"の陽気で、日中は太陽の日差しも加わって、少し体を動かせば汗が流れるほど。この安定した環境の中、約4000本のトマトの苗木が、縦長の畝に整然と並んでいます。
畝といっても土はありません。培地となっているのは、スギやヒノキの樹皮を使って形成した植物性繊維で、培地の下には地温を20度に保つ加温装置が敷かれ、畝に沿ってのびるパイプからは、規則的な間隔の穴から養液が一定の時間ごとに点滴のように出る仕組みです。養液の濃度は「トマトの顔を見ながら調整します」と城倉さん。「トマトの顔」とは、苗木の頂上の芯と呼ばれる葉のことで、色やツヤから木全体の状態を判断しているのです。
「暑い時には養液の濃度を薄めたり、元気がないと思ったら水分を多くしたり。人間と同じですよ」
日本育ちのトマトが桃太郎
日本でトマト栽培が盛んになるのは第二次世界大戦後のこと。原産は南米ペルーなどアンデス地方で、16世紀にヨーロッパへ、17世紀に入ってからアジアに渡り、日本に入って来たのは江戸時代にポルトガル人によって長崎に上陸したと考えられています。当時は赤い色が血を連想させることからか敬遠され、観賞用の植物だったようです。食用となったのは明治時代に入ってからで、戦後は日本人の味覚に合うよう品種改良が進みました。
おそらく今では誰もが知っているトマトの「桃太郎」は、国内の育苗会社が10年がかりで開発し、1981年に登場したのがはじまりです。「桃太郎」という名前はトマトの品種を実の色で大別する「赤系」「桃(ピンク)色系」「黄系」のうちの桃色系をベースにしていることに由来しています。現在は「桃太郎」にも「ハウス桃太郎」や「桃太郎8」「桃太郎J」「桃太郎ファイト」など多彩な品種が増えました。城倉さんが栽培する「桃太郎」は「桃太郎ヨーク」という種類で、大玉(果重200g以上)で収量の多い品種です。
昨年7月に10センチほどだった苗木も、現在は6メートルほどまでに生長。植えて2カ月後の9月から収穫がはじまり、今年6月までは植えた時と同じ木から収穫できるのだそうです。地面に近い実から熟して収穫する中、むろん木は天に向かって伸びます。最終的には8メートルにも伸びるのだそうですが、下部は収穫後に枝葉を払うため、大人の親指ほどの太さの茎が地をはうようにして、紐で吊るされた上部の新しい枝葉に養分を送る役割を担っています。
毎日トマトの顔を見ながら
「桃太郎ヨークの味わいの良さは」城倉さんは続けます。「甘味と酸味のバランスです。糖度は7〜8度、多い時には9度くらいになりますよ。しかし実はあくまで結果。収穫まで約2カ月間で気温が合計約1000度必要(1日平均17度)と言われています。一定の味を保つためにも"トマトの顔"の表情を見ながら養液を調整して味わいのバランスを取ることを心掛けています」
養蚕農家に生まれ育ち、若い頃に後継した城倉さんですが、当時ブラジルへ渡って農業調査をした折、「規模や収量の格差に衝撃」を受けて養蚕に見切りをつけました。世界的に養蚕が衰退傾向だったこともあり、転職し会社勤めを経て機械系の会社を興しました。農業に復帰したのは5年ほど前です。隣接する宮田村で温室の借り手を探していたことからトマト栽培を決意。現在は2棟合わせて40アールのハウスでトマトを栽培し、昨年の年間収量は約70トン。減農薬の栽培を続けています。
近所で穫れたトマトがおいしい
ほんとうにおいしいトマトは木になったまま完熟したものを食べる直前に収穫したものです。味も栄養価もまるで違います。すべてのスーパーマーケットなどでそうした完熟直後のトマトを手に入れることはなかなか難しいでしょう。地産地消ムーブメントで主張する地元で穫れた野菜のおいしさは、完熟まで時間をかけて待ち、収穫直後に時間をおかずして新鮮なまま届くところにあります。城倉さんのトマトは伊那市内のJA直売所やAコープ店直売コーナー、市内のスーパーなどで販売しています。健康維持のためにも、おいしいトマトをたっぷり摂取しましょう。
参考サイト:
・JA上伊那公式ホームページ