フランスの北西部ブルターニュ地方の郷土料理、農家料理に「ガレット」があります。そば粉を水などで延ばし、それをクレープのように円形に薄く焼いて生地を作り、その生地の上に目玉焼きや魚、野菜サラダや卵、チーズなどの食材を載せていただく粉物料理です。クレープと違うのは片面だけを焼く点で、時には甘く味付けされ、アイスクリームやチョコレートやジャムなどをトッピングしてデザートとしても食べられます。東京などでは軽い食事として若い女性たちの間でここ数年ブームになり、専門のおしゃれなカフェも登場しています。そしていま、この「ガレット」作りに取り組む人たちがたくさん集まっている村が信州にありました。それが長野県中部にある白馬村です。
雄大な自然とおいしいガレット
白馬村は、白馬(しろうま)岳、杓子(しゃくし)岳、白馬鑓(やり)ヶ岳の白馬三山をはじめとして、3000メートル級の山々の荘厳な姿がすぐ間近に見られる土地で、夏から秋にかけては高原のリゾート地として爽やかな風を感じ、そしてまた本格的な冬を迎えるこれからの時期は全国各地から多くのスキーヤーが訪れる白い雪の聖地として、一年を通して人と自然が交流できる雄大な大地に、地元信州人でさえいつ訪れても「いい場所だなぁ」と実感させられる場所。
その白馬村でガレットを作るのは、技術の高さはもちろんのこと、メインとなる生地の原料であるソバに関する歴史や栄養などの知識をも豊富にあわせ持ち、ガレット作りの実力が証明された人だけに与えられる「クレーピエ」という職人名を与えられている15人の人たち。ソバというものを知り尽くしたクレーピエたちの作るガレットの美味しさは、さぞや特別のはず。全国にガレットを供する店は数あれど『信州・白馬のガレットを食べたい!』との希望に快く応えてくれたプチホテル「アンシャンテ」さんを、今回は訪れました。
白馬村のそば粉100%利用
目の前に現れたガレットは、農家料理からイメージしていたシンプルなものとはかけ離れたなんとも華やかな装い。「信州サーモン(軽スモーク)のガレット」というその日作っていただいたガレットは、数日間くさみを抜いて仕込まれた信州サーモンの鮮やかな色の身の上に、レタスがこんもりと盛られ、その上にはバルサミコソースが。見た目からも充分に楽しめ、鼻を近づけると、そばそのものと、生地の表面をちょっと焼いた香ばしい香りが、ほのかにふわっと香ってきて、口に入れると、表面はカリッとしているものの、生地は薄いなりにもモチッとした食感でした。
この日ガレットを作ってくれた、ホテルのオーナーシェフ・原さんが言いました。「こだわりは、生地に地元産のそば粉を100%使っていることです。小麦粉などを混ぜたものより風味が全然違うから。それとトッピングに使うものも、土地や旬のものにこだわって、地元の畑などで取れる身近な野菜などを多く使っています。」
<p 見ても幸せ・食べればなお幸せ
フランス料理を得意とする原さんだけあって、出されたガレットは、見ても食べても幸せな気持ちにさせてくれます。原さんがガレットを作るために専用の鉄板を購入して実際に作りはじめたのは、しかしごく最近のことだとか。きっかけは、今年村の商工会で募集をおこなったガレット作りのプロを育てる養成講座への参加だったのです。
ガレットはなぜ白馬村なのか?
白馬村におけるソバは、全部で120ヘクタールの作付面積をもち、年間60トンほどの生産量(平成19年度実績)があります。ここで作られるソバは、食物を美味しくする条件である昼夜の温度差があることや北アルプスの山々から注がれる美味しい水によって、良質のソバが作られるところにあります。がしかし、県内には北信地区の戸隠など、歴史的にもソバで名高い場所があり、白馬のソバはあまり陽の目を浴びることがありませんでした。
「それはあまりにももったいない! なんとかしてこの村特産のソバで村を盛り上げようではないか!!」という声が当然あがり、その結果「そばの里・白馬を全国へ」をかけ声に白馬商工会により「信州・白馬そばの里プロジェクト」が今年の初めにたちあがりました。
ソバ作り体験やソバを使ったお菓子やお茶等の開発もおこなわれましたが、「なんかもうひとつ、核になるものが欲しいよね、だけどそば切りなんてありふれてるし・・・」とみなが頭をひねってひねってひねって浮かんできたのが、フランスの農家料理だったガレットでした。
白馬村ならでは、信州ならではのガレットを
その響きといい、見た目といい白馬の雰囲気にピッタリ。そしていよいよ新ソバが収穫される今年の秋、ソバの里をPRするひとつとしておこなわれたのが、ここへ来たからこそ味わえるガレットの提供だったのです。
しかし作ったものを単に食べてもらうというだけでなく、作る人にガレットに関する知識と技術をしっかりと身につけてもらい、その能力が村独自の基準により認められた人に「白馬クレーピエ」の資格を授与し、ガレットを村の特産として村内外に伝えていく中心的となる存在を誕生させたのでした。
この日偶然にも、アンシャンテさんのガレットを食べにお友達と訪れていたもう一人のクレーピエである、ホテル「アルピーヌ」の丸山さんにもお話しを聞くことができました。丸山さんがクレーピエの資格を取ろうと思ったきっかけは、「宿泊された方に、この土地の特産品であるソバというものを生かして、そば切り以外に何か料理を出したいな。と思っていた矢先に、クレーピエ養成講座のことを知ったのがきっかけ」だったそうです。
実は今のところ、白馬ガレットはこのように、宿の名物料理として料理の一品に出されるケースがほとんどで、ガレットを食べたいとお店やカフェに飛び込んだとしても、その場で食べることができる所は、今はまだほんのわずか。希望するのであれば、今回紹介した「アンシャンテ」さんをはじめほとんどのところは、数日前までに予約を入れることが必要です。
りんごやベリーのガレットも食べてみたい
こうした現状に対し商工会では今後、白馬を訪れた人が気軽にガレットに出合える機会を作ることや、ガレットに関する情報を発信していくこと、そしてまたクレーピエの資格を持つ人をもっと増やしていきたいと思っていると、嬉しい言葉も聞きました。気軽にホームメイドなガレットを食べれるカフェも夢ではないかもしれません。
春には春の、夏には夏の、秋には秋の、冬には冬の地元の果実や食材をふんだんに使ったガレットが食べてみたい。なぜならいろいろな人が作る想像力にあふれたいろいろなガレットを、もっと気軽に食べてみたいと思うからです。栄養も豊かでおしゃれなガレットと、白馬のおいしい空気と自然がつくる大パノラマ、そして人々の温かい笑顔に触れて、きっとあなたも白馬村で胃袋も心もリフレッシュできるはずです。