長野県内は先週から今週にかけてが田植えの真っ盛り。既に米どころの安曇野や松本平、佐久平では田植えがほぼ終わっています。
それは見る価値があります
ところで、ご存じかとも思いますが、山あいの傾斜地に作られた水田を「棚田(たなだ)」と呼びます。水田は、水をはって田植えをするために水平な土地を作り出す必要があることから、稲作を生活の基盤とした先人たちが、傾斜地に石を積み重ねては土を盛り、階段状の田んぼを一枚一枚つくって、長い時間を経て、棚田が形成されました。東南アジアに起源を持つ農耕のスタイルです。きっと日本人のルーツとも関係があるのかもしれません。
長野県は山間地を多く抱えるため、この棚田もいたるところにあり、全水田の中で棚田が占める比率が全国では約8%であるのに対し、長野県は約19%にも達します。全国の棚田百選にも長野県各地の棚田が、全国最多の16地区が選定されています。
そこはとても特別な場所
「日本の棚田百選」に選定された長野県の棚田の名称と所在地は、宇坪入(うつぼいり・小諸市)、稲倉(いなくら・上田市)、姫子沢(ひめこざわ・東御市)、滝の沢(たきのさわ・東御市)、よこね田んぼ(よこねたんぼ・飯田市)、重太郎(じゅうたろう・八坂村)、青鬼(あおに・白馬村)、慶師沖(けいしおき・大岡村)、根越沖(ねごしおき・大岡村)、原田沖(はらだおき・大岡村)、姨捨(おばすて・千曲市)、塩本(しおもと・信州新町)、栃倉(とちくら・中条村)、大西(おおにし・中条村)、田沢沖(たざわおき・中条村)、福島新田(ふくしましんでん・飯山市)です。
願わくばあなたにも長野県の山間部で息づいている棚田を目と耳と鼻と皮膚などすべての感覚をとおして体験していただきたいと、わたしたちは考えています。なぜなら、まず見ることが、知ることのはじめだからです。
棚田の価値を知ってください
もとより棚田は急傾斜地にあることから、労苦やコストのかかる棚田の耕作を放棄するケースが多く、長野県でも棚田の荒廃がすすんでいます。また、棚田がある地域では、高齢化も進んでいて、後継者も少ないのが実態です。農水省によると、平地とのコスト差は水田10アールあたり約2万5千円とのことですが、これはあくまで概算であり、地域によって条件が異なるのは当然で、傾斜度が高くなると棚田を移動するだけでも大変です。
あぜも階段状で広くなっているため、これの草刈りは重労働になります。「耕して天に至る」としばしば形容される棚田の一枚一枚には、多くの先人たちの汗と涙がこめられています。このように、平地にくらべて条件が極端に悪い棚田ですが、単に農業生産のためだけではない多面的な機能を持ってもいます。一般的には、ちょっとしたダムに匹敵する高い保水能力、地すべりの未然防止能力、豊かで美しい景観などが言われていますが、金銭的なものに置き換えると、農地全体の多面的機能の評価額は、長野県で約2千2百億円、全国レベルでは、6兆9千億円に達すると試算されます。
棚田と一年を通してつきあってみる
しかし、なんといっても重要なのは、水路の管理をしたり、あぜ草刈りをするなど、人々が、実際の生産活動を通じて棚田とつきあうことです。棚田は人々が生産活動を通じてつきあってこそ生きるのです。1990年代になって、日本各地で、市民の参加によって、少しずつ棚田を守る活動がはじまりました。都市の住民に棚田を耕してもらうとともに、山村の人びととの交流を目指す棚田のオーナー制度もそのひとつですし、子供たちの学習の中に棚田を取り入れたり、棚田の風景を観光の面から再評価する動きなども広がっています。
なかでも棚田として全国的にも有名な千曲市の姨捨(おばすて)の棚田は、一枚一枚の田んぼに映る月がとりわけ美しいことから、「田毎の月(たごとのつき)」と呼ばれ、日本の原風景として親しまれています。千曲市では、姨捨界隈の特徴ある棚田で、実際に農作業体験を通じて農業に対する理解を深めてもらうため、「棚田貸します制度」も設けています。田植えから草刈、稲刈など、できる限り多くの農作業を体験できる体験コースがあります。また、農作業に参加できない人もこの制度に参加できる保全コースもあります。美しい棚田は、日本人の心の故郷かもしれません。家族で、グループで、棚田とじっくりつきあってみるのはいかがでしょうか?
秋には棚田サミットも開かれます
今年で第12回を数える「棚田(千枚田)サミット」は宮崎県日南市で10月6〜7日に開かれる予定で、棚田をもつ市町村の連携が進んでいます。これからもたくさんの人たちが棚田の美しさを体験され、棚田を再発見して、今度は人々の心を耕す場所として棚田が再生していくことを願ってやみません。