3・11 の日を境に世界は大きく変わりました

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あらためて東北地方太平洋沖地震で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申しあげます。また長野県北部地震をふくめたすべての被災者のみなさまには、心からのお見舞いを申しあげますとともに、犠牲となられたみなさまおよびそのご家族・ご友人のみなさまに、心より哀悼の意を表します。

3月11日の大震災は、日本列島の状態のみならず、わたしたちの心のあり方など、すべてを変えつつあります。その瞬間、長野県内でも大きな震動がありました。編集部のある長野市でもビルの12階からは女性の悲鳴が聞こえるほど、長い時間大きくゆっくりと揺れました。

この未曾有の大震災の全容がまったくわからない状況のさなか、まだ夜も明けない、翌日3時59分、長野県北部と新潟県境を震源とした「長野県北部地震」が起こりました。最大震度6強。これは大地震の余震ではなく、大地震によって日本列島の状態が変化したことによるものと言われてはいますが、当然長野市でも大きな揺れを感じました。

県北部では断水や家屋の崩壊などとともに、日々長野県のきのこを生産されている農家や畜産農家も被災されました。JA長野県グループでは、東北地方太平洋沖地震被災地域への救援物資搬送などを続けるのに併行し、3月13日と16・17日に行政・地元JA北信州みゆきなどと協力して、県北部(主に飯山市・栄村)農家の復旧支援活動を行いました。

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あらためて自然の力のすごさを確認
被災施設のひとつ、やまびこしめじ(ブナシメジ)の培養センターでは、敷地の境に大きなひび割れができていました。地震の凄まじさをうかがい知ることができます。培養センターでは、110万本もの培養ビンが2段のコンテナに合計16段に積みかさねられていましたが、現状は目を覆うほどの無残な状態。100名近くのボランティアが翌日の筋肉痛のことなど考えることなく汗だくで作業をした結果、現在では、ようやく培養ビンの棚が整理された状態となりました。しかしながら、蓋が開いて雑菌の入ったビンの選別作業など、被害の影響が明らかになるのはまだまだこれからという状態です。

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東北地方太平洋沖地震は、想像を絶する大災害であることが日々明らかになってきています。長野県内の栄村では、3月21日に一部地区を除き1600余名の被災者に対する避難指示が解除されました。しかし村内ほぼ全域で断水が続いており、7箇所の避難所は継続され、水や食事も提供されています。まずはその人たちの生活や心の安定に寄与する、そして、そのためにわれわれに何ができるのか考え、行動することが求められています。

生活のあり方を考えるとき
震災からまだ日も経っていませんが、われわれの生活が、電力や石油などエネルギーに頼りきった生活であることを思い知らされます。そして水や食料の確保の重要性をあらためて認識するとともに、カロリーベース40%という食料自給率の危うさを痛感させられます。

今一度自らの生活のあり方を考えなくてはならない時期にきているのかもしれません。

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