身を切る寒さがおいしくする矢島の凍み豆腐

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天然の厳しい寒さを利用して作られる保存食として、長野県には、寒天、凍み大根、凍りもち、凍りソバなどがありますが、今回ご紹介するのも、そうしたもののひとつです。長い歴史を今に伝える伝統の逸品をご紹介しましょう。

照りつける太陽の日差しにもかかわらず、吹く風の冷たさに思わず手をさすり合わせてしまう程の寒さの中、裾野を広げ雄大な姿で鎮座する浅間山に見守られながら、その麓の地域では、特産の「凍み豆腐」づくりの作業が今年もまた作業のピークを迎えています。

たくさんの人たちの手で作業が進む
県東部の佐久市矢島(旧北佐久郡浅科村矢島)の小泉美隆さん宅では、温かそうな湯気が立ち込めるなか、豆腐づくりが行われており、その隣では、うっすらとストーブが焚かれた作業部屋で毛糸の帽子を被ったお母さんたちが、前の晩に屋外で干されカチンコチンに凍った氷の結晶がキラキラと光る豆腐を、素早い手の動きでワラに操りつけて干す準備をしているところでした。

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親戚や近所の人が応援に駆けつけて、朝の7時頃からほぼ毎日行っているというこの作業、

「冷え込む朝方はもう手が冷たくて冷たくて。でも30分もするとようやく手の感覚が戻ってくる。ちっとも大変だとは思わないわよ。みんなで世間話しながら作業しているのが楽しいの」

と、よぎる心配をお母さんたちは笑い飛ばします。

厳しい寒さからの贈り物
この地区で行われている凍み豆腐づくりは、一年で最も寒さが厳しいこの時期に、天然の寒さを利用して作られるもので、機械化が進んでいる現在に至ってもなお、小泉美隆さんが自ら栽培した大豆を使用して豆腐づくりするところから、その豆腐を凍結させたあとひとつひとつワラに編んで乾燥させるところまですべての工程が手作業でおこなわれます。凍み豆腐づくりは、農閑期の副業として行われているのでした。

この凍み豆腐は、話によれば400年以上も前、甲州に拠点を構えた戦国武将の武田信玄もこれを口にしたそうで、甲州に近かったこの矢島の地区では、以降現在に至るまで、凍み豆腐が作り続けられているといった諸説いわれのある歴史と伝統ある特産品であり、12月中旬〜2月の中旬まで続く凍み豆腐づくりは、副業といえども作業は早朝より行われ、夕方から夜にかけては天気予報とにらめっこしながら豆腐を干したり、また干してある豆腐を取り込んだりと、深夜まで一日中気が抜けないものなのです。

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小泉さんのお宅では翌早朝5時より、前日から浸しておいた大豆を使用して豆腐づくりを行います。大豆とにがりだけでつくる保存料など一切入らない安心して口にできるこの豆腐は、通常口にする豆腐よりちょっと堅め。

「にがりを加えるタイミングが難しく、これが凍り豆腐の味を左右するため気の抜けない行程の一つ。また大豆を釜で蒸して使うのも美味しさのポイント」

と奥さんの永子(えいこ)さんが話します。

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そうして出来あがった豆腐は、一定の大きさに切りそろえられ、"せいろう"と呼ぶ網のようなところにひとつひとつ形を崩さないように優しく並べていきます。並べられた豆腐は、鳥などに食べられないよう夜間、氷点下4度以下に冷え込むのを確認して、屋外でひと晩かけてしっかり凍らせて、翌朝その凍らせた豆腐を、凍りが溶けないよう素早い手の動きでワラに編んで、干すための準備をするのです。

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自然がうま味をぎぎゅっと凝縮
それを屋外の軒下などで、身を斬るような寒さと昼間の温かな日差しとで凍結と解凍と乾燥を繰り返し10日程干してすっかりと水分を抜き、ようやくうま味の凝縮された美味しい凍み豆腐が完成します。

農繁期は主にお米と大豆づくりを行っているという小泉さん。12月中旬から行われる凍み豆腐づくりといっても、毎年稲が出来る頃から心配がはじまります。なぜなら乾燥させる豆腐を編んでいくワラは、原料である稲がなにかの影響で横たわってしまったら、もうその稲は編むのに適さないものとなるのだそうで、まっすぐに立つ丈夫な稲の確保が必要となるからです。また当然ながら豆腐の原料となる大豆の出来も気になるところです。

さらに乾燥させる凍み豆腐は、家の2階のベランダなど風通しの良い場所に干されるのですが、これは人間のみならずスズメやハクビシンなどにとって好物なもので、そんな鳥獣などから食べられないよう、今ではネットを掛けた対策も怠れないということでした。

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こうして手間をかけて完成された凍み豆腐ですが、冷凍庫が発達した現在では、豆腐を乾燥させない、ひと晩凍らせただけのものが、若い人には好まれているのだそうです。

矢島の凍み豆腐に勝てるものは他所にはない
とはいえ昔からこの味に慣れ親しんでいる人にとっては、この乾燥された本来の凍り豆腐の方が風味が良くまた栄養価においても乾燥させたものの方が優れているということで、凍結したもの、乾燥したものと、どちらも人それぞれの好みによって支持されているようでした。

「矢島の地区には凍り豆腐に適した不思議があると感心せずにはいられない」

と作業を手伝う人は口々に言います。気候風土などがこの地でつくる凍み豆腐にいい条件を与えるようで、

「他所の地区でも作られてはいるが、やはり矢島の凍り豆腐には叶わない」

と評判の矢島の凍り豆腐は、きめの細かさ、舌触りが格別なのだそうです。

「昔は歩いて売りに回ったもの」と懐かしむように遠い眼差しをする永子さんによれば、以前テレビで全国放送された際は、南国九州地方からも問い合わせがあった程で、今では売り歩くことなく大勢の人が「また今年も」と、その味を求めて訪れてくれるそうです。

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1度食べた人は必ずリピーターに
ひとつひとつが手作りで、また天候の影響を受け易いことなどから大量生産できない凍み豆腐は、主に常連客を中心に販売されます。とはいえ「多くの人にこの味を知ってもらえたら嬉しい」と凍み豆腐づくりに携わる人々は口をそろえますし「一度買ってくれた人はまた買いにきてくれる自信の凍み豆腐」と永子さんもニッコリ笑います。

軒先に吊るしてある凍み豆腐はこの地区の冬の風物詩でした。今では凍み豆腐を作る人も減り現在では10軒程になってしまったということで、豆腐が干されている光景も珍しくなりつつあるようですが、しかし大人はもちろんこの土地の子供にとっても好きな人が多いという凍み豆腐は、今でもよく食卓にあがり、含め煮の他に味噌汁に入れたり、また汁を煮含めたものを天ぷらにしたり、さらにこの地方ではお正月にこの凍み豆腐をお雑煮に入れたものは、凍み豆腐が美味しいダシ汁をしっかりと吸ってとても美味しい一品だともてはやされます。

数量限定売り切れごめん
今年は12月中旬まで温かい陽気だったため、作業が遅れはしたものの現在は十分に気温も低がり、いいものが出来るとの期待も高いそうです。この矢島の凍み豆腐のお求めは、小泉美隆さん宅までお電話(0267−58−3594)を。また道の駅「ほっとぱ〜く・浅科(あさしな)」でも販売されています(ただし売切れ次第終了)。

道の駅 ほっとぱ〜く・浅科
〒384−2104
長野県佐久市甲2177番地1
TEL 0267−58−0581
開設時間 午前10時から午後6時
長野県道の駅案内より

1264518000000

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