信州最北端にある下水内郡栄村は、新潟県との県境、コシヒカリで有名な魚沼市と隣接する、米どころのひとつです。日本海型気候の影響もあって、国内でも有数の豪雪地としても知られ、積雪は平年で2〜3メートル、過去(1945年)には、なんと7メートル85センチもの積雪を記録したこともあります。JR観測史上日本一の記録で、今でもJR飯山線森宮野原駅には、当時の積雪と同じ高さの標柱が建っています。
この雪深い栄村には、雪国ならではの冬支度がありました。この地で生まれ育った関澤義平(せきざわ ぎへい)さん(76)は、豊富な稲わらを使った「でこつぐら」を作って冬越しに備えるのです。この「でこつぐら」、栄村の特産品でもある「ねこつぐら」とは少し違っているのです。
ねこのためでなく、でこのため
栄村には古くから伝わる「ねこつぐら」という、わら細工があります。豪雪地帯で家族と一緒に暮らす猫が少しでも暖かく過ごせるようにとの優しい気持ちから生まれた小さな小屋のような猫の寝床です。その愛らしい形や、手作りのぬくもりを感じる仕上がりが人気で、都会からの注文も多いのです。
関澤さんが作っているのは、しかしこの「ねこ」ではなく、「でこ」のつぐら。「つぐら」とは、その昔、赤ちゃんをあやすために寝かせたお椀形の籠のことを言ったそうです。
「でこつぐら」とはなにでしょう?
それは庭先で使うもので、そういえば村内を車で走った時に何軒かの家の外にありました。直径は80センチくらい、高さは60〜70センチといったところでしょうか。桶のような形をしていて、てっぺんは屋根のようにした稲わらの束がかぶせてあります。
関澤さんの家の庭にある「でこつぐら」を奥さんのキミ子さん(74)にお願いして、開けてもらいました。わらを外し、杉の葉をかき分けると、出てきたのは太くて元気な大根。このあたりでは大根のことを、正確には「でぇこ」とも言うことから、野菜を冬季保存するわらの入れ物を「でぇこつぐら」と呼ぶのです。「でこつぐら」よりも「でぇこつぐら」が正しい呼び方ですね。キミ子さんが言いました。
「こうやって入れておくとね、春まで大根(でぇこ)が採れたてみたいにおいしく食べられるんだよ。うちはこうやってニンジンもゴッポ(ゴボウ)も入れておくんだ」
関澤さんが子どもの頃は、家の中に厩があって、野菜は土を掘り下げた「室(むろ)」で保存していたのです。その後は生活様式が変わり、家族も少なくなったことから、庭先の「でぇこつぐら」で保存するようになったとか。
でぇこつぐらを作ると冬
120アールの圃場でコシヒカリを作る関澤さんは、10月下旬くらいまでに稲刈りが終わると、はぜかけで稲わらも充分に乾燥させます。それから、畑の大根の収穫を終える11月に入ってから、大根(でぇこ)つぐらを作りはじめます。
「でぇこつぐらを作りはじめると、冬だなぁと思うよ」と関澤さん。胴の部分に使うわらは、両手の親指と中指で円を作ったくらいに太い束で、それを編み上げて筒が作られています。底はなく、地面と接する所にはネズミ避けと殺菌効果のある杉の葉を敷き、大根などを入れています。保温性のあるわらの中だから、2〜3メートルの雪が積もっても保存が効くとのです。そして春を迎える頃には、わらも水分を吸収して「でぇこつぐら」の役目を終え、土へと返すことになります。
それも雪国の冬支度のひとつ
関澤さんが作るわら細工は、つぐらだけではありません。
「昔は夏に履くわらじぞうりと一緒に、冬に作ったもんだ」と、教えてくれたのは「すっぽん」。この地域では「わらぐつ」のことをこう呼ぶそうで、簡単に脱いだり履いたりできる様子からきているようです。
「雪道を歩くには、軽くて暖かいから、すっぽんが一番いいんだ」とキミ子さん。滑らないので、屋根の雪下ろしにも良いのだそうです。子どもの頃は「すっぽんを履いて学校へ通っていた」と関澤さん夫妻。関澤さんは、手際良く「すっぽん」を作る様子を、目の前で見せてくれながら言いました。
「小学校5、6年の時には、自分で作って履いたもんだ。今でも頼まれれば作っていますよ」
雪が積もる前には、庭木の雪囲いを作ったり、窓ガラスが割れないように「落とし板」という横長の板を張ったり、雪かきした雪を捨てる池を作ったり、「野沢菜を漬けたり、大根を漬けたりするのもそうだな」と、関澤さんは雪国ならではの冬支度を、数えあげるように話してくれました。
16日は、午後からは積雪の予報が出されている栄村。いよいよ本格的な冬がやって来たようです。
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