足元に上信越道、上田市街地を見下ろす稲倉の棚田
農地はコメや野菜など農産物を生産するのみならず、多様な生物を育み、土砂崩れや洪水を抑え、地域の景観を維持するなどさまざまな働きをしています。しかし、条件が厳しい中山間地では農地の維持自体が困難になりつつあります。象徴的な存在が県内に多い急傾斜地の棚田です。昨年は棚田を「貴重な国民的財産」と位置付け、棚田地域の振興を国の責務と定める「棚田地域振興法」も施行されました。県内二つの地区を訪ねました。
ファン作りに多彩なイベント
人を呼び込み維持図る
【稲倉(いなぐら)の棚田(上田市)】
上田市の北東部、市街地を見下ろす殿城地区に稲倉の棚田はあります。新幹線停車駅でもあるJR上田駅から車で20分ほど。アクセスのよさもあるのでしょう、農水省が1999年に認定した「日本の棚田百選」選定を機に存在が見直され、各種オーナー制度や体験学習、農閑期のキャンプなど多彩な催しを展開、地元はもとより県内外から人を呼び込み、活気を生んでいます。
「そもそも、棚田では生業としての農業は成り立ちません」。稲倉の棚田保全委員会の久保田良和委員長は言い切ります。
「1haの水田で100俵のコメが取れるとしたら、ここ(棚田)では半分しかつくれません。急傾斜地で面積の半分は畦畔(けいはん=あぜ)に取られてしまうからです。日本の農業の縮図がここにあるんです」と久保田さん。そんな棚田を維持するために「観光、福祉、そして農業体験など教育の場として棚田の活用を考えて取り組んできました」と振り返ります。
稲倉の棚田保全委員会のメンバー
(左から委員長の久保田良和さん、会計担当の有福泉さん、事務局長の大山慧一郎さん)
稲倉では「棚田米」「酒米」の各オーナー制度に加え、本年度から無農薬、有機肥料でより本格的なコメ作りに挑戦する「自然派オーナー」制度を新設しました。学校単位の体験学習には地元の豊殿小学校はもとより、都内や埼玉県の中高校生を長年受け入れてきました。
ところが新型コロナウイルスの広がりで、今シーズンは田植えや草刈り、稲刈りといった農作業はもとより、「ほたる火まつり」(7月)、「棚田イルミネーション」(8月)といったイベントが軒並み中止や縮小に追い込まれてしまいました。それでも棚田地域振興法に基づき設立した「稲倉の棚田地域振興協議会」は、地元のオーナーらを招いて、8月に獣害低減や豊作を願う「ししおどし」を初めて開くなど、将来を見据えた企画を実現させています。10月1日には日本酒造りを通じた棚田の保全活動について、地元の酒造会社と改めてパートナーシップ協定も結びました。
今年初めて開いた「ししおどし」。
豊作と獣害低減にコロナ禍の終息も願い地元オーナーらが、
たいまつを手に棚田を巡り歩いた
「棚田に恋して」
こうした活動を支えるのが「人」です。久保田さんは外部からの視点が不可欠と言います。特に力になっているのが地域おこし協力隊員です。稲倉では2015年から初めて受け入れました。2期生で7月に任期を終えた大山慧一郎さんは都内のIT企業に勤めていた経験を生かし、営農作業の傍ら保全委の事務局で情報発信やイベントの運営を担ってきました。功績が認められ、4月の総会で事務局長に。今後は、テレワークで元の職場に復帰しつつ、上田にとどまって「棚田を中心に里山の活用など地域にかかわる活動を続けたい」と意欲的です。
3月から事務局の会計を担当している有福泉さんは、畑作業が好きで、保全委が請け負っている棚田の保全作業を手伝ってきた縁で、事務局に加わりました。
稲倉では、有福さんのように棚田の日々の農作業を手伝う女性たちを「農ガール」と呼び、時給1000円ほどで募っています。本年度は9人が登録。それぞれができるペースでのびのびと働けるのが魅力で「(メンバーは)棚田に恋している」(有福さん)状態だそうです。
左から久保田さん、有福さん、大山さん
このほか30度近いこう配の斜面で1年間に3回行う草取りには、JA信州うえだ神科店から25人ほどが応援に来るなど、地域の支援が継続的に入っています。オーナー制度などを通して昨年1年間に保全委が管理する棚田にかかわった人は延べ1259人。「この中から毎年1人でも定着してくれたら稲倉の棚田をこれからも維持していくことができるでしょう」と久保田さんは力を込めます。
【日本の棚田百選】
棚田の持つ環境保全の効果や農村文化の継承などを評価し、農林水産省が1999年、棚田の保全活動推進の一環として、認定。全国で134カ所が選ばれました。長野県内の16カ所は全国最多。
【棚田地域振興法】
国を挙げた棚田地域を支援する枠組みを作り、農業生産にとどまらない多様な活動を省庁横断で支援しようと議員立法で2019年6月成立、8月施行しました。都道府県の申請に基づき指定棚田地域に指定されると各種補助金のかさ上げなど有利な支援が受けられます。9月24日現在、31道府県549地域が指定されています。長野県は稲倉をはじめ35地域が指定されています。