「その頃になれば、辺り一帯はブドウのいい香りに包まれるんですよ」
それは独特な幸せの香りだそうです。以前誰かがそんなことを話してくれたのを思い出し、県中部は塩尻市へと向かいました。全国有数のブドウの産地であり、現在は市内各地でぶどう狩りが行われ、また今月の29日と30日には「塩尻ワイナリ―フェスタ2011」も開催されるなど、そこはいまブドウそしてワインでわいているところです。車窓から眺めるブドウ畑の棚の下には、無数のブドウたち。なんだかワクワクしてきます。
降り立ったのは塩尻市広丘地区。ぶどう園のなかに足を踏み入れると、一層ブドウの甘酸っぱく豊かな香りが鼻をくすぐります。日陰になっているブドウ棚の下に立ち見上げた光景は、ブドウの大きな葉っぱの隙間から差し込む眩しい日の光。その日差しをたっぷりと浴びて棚の下には何とも重そうに、ここにもあそこにも向こうにも、そして遥か遠くまで、一面ブドウがゴロゴロと実っていました。
スッキリ爽やかな余韻のナイアガラ
作られていたのは塩尻特産、黄緑色が爽やかなナイアガラ。そして黒味を帯びた小粒で甘さの強いコンコード。180センチほどのすぐ手の届く高さに作られた棚にぶら下がるブドウの房の先に何度も頭をぶつけながら、パンパンとはちきれそうなほどに張り詰めた粒と甘酸っぱいいい香りに唾がゴクンとします。よほどうらめしそうな眼差しをしていたのでしょうか、「味見してみて」となんとも嬉しい声を掛けてくれたのは、ブドウ栽培暦20年、JA塩尻市ぶどう専門部会の部会長である山田英昭(やまだひであき)さん。日当たりの良い場所の黄色味の強いブドウの房を鋏で切って手渡してくれました。それは口に含んだ途端感じる甘味、そして飲み込む頃には喉元に少し感じる酸味、けれどスッキリと爽やかな余韻をいつまでも残す幸せのナイアガラでした。
「暑さ大歓迎」というブドウ栽培、今年は9月頭の台風による長雨等の影響で、当初は水気の多かったブドウも、以降の晴天によって糖度ものり、また先頃の台風15号の影響も特段なく、現在では甘味じゅうぶんのいい仕上がりになっているということ。けれど暑いばかりでなく昼間の暑さ、そして一転して夜にはグッと温度が下がることで、その寒暖の差が甘味を際立たせるための酸味も生み、糖度計では図れない人間の舌だけが感じることのできる甘味の強さを、この土地ならではの気候が作り上げているのでした。また雨が比較的少なく火山灰土の水はけの良いことも美味しいブドウが育まれる理由です。
細かい根気が必要な作業
収穫の時を迎え、さぞや喜びもひとしお。けれど生産者にとってもこれまでの過程を振り返るときでもあり、
「ナイアガラの場合、小指よりもまだ小さい、小豆より小さいくらいの粒の時に、玉を大きくさせる為に少しそれを間引くんです。そしてさらにまた少しして、小豆大になった時にもう一度、粒を間引いて房を伸ばすんです。これを『粒抜き』と呼ぶんですが、そんな細かな作業がなかでも一番大変でした」
と山田さんは説明してくれました。一粒一粒、それがひと房、ひと房、なんとも細かい根気が必要なブドウの作業です。
塩尻は日本有数のナイアガラの産地
塩尻市のブドウ栽培の歴史は、明治20年代、荒地を開拓したところで出来る農作物を模索していたことから。アメリカ系ブドウの「ナイアガラ」「コンコード」などが基本となり、雨の少ないこの地域での栽培に適していたようで、その後120年に渡って栽培が続けられてきました。なかでもナイアガラはその名のとおりアメリカ、カナダの国境にあるナイアガラの滝付近が原産の品種で、晴天率が高く、日照時間の多いこの土地の気候が、その栽培に適している国内でも有数の産地です。
現在、塩尻市内のぶどう狩りは21箇所の農園で行われていますが、収穫のサインは、粒の表面に浮き出ている白い粉が手でなぞった時に取れること、また粒を軽く手で触れてみて軟らかくなっていること、ナイアガラは黄緑色より黄色味を帯びているものが甘味が強いでしょう。
香りに包まれに来てみませんか
さらにワイン用ブドウとされるコンコードは、皮が薄いために雨に当たればすぐに破果してしまうほどのデリケートさ。そのため生食での流通は行われませんが、けれどその場で味わうブドウ狩りでならば、甘味の強いその美味しさを堪能することも可能です。ブドウ狩りの料金は小学生以上600円。ただしこの料金で食べられる品種や、ブドウ以外のお楽しみなどは園によって異なりますので、「信州しおじり ぶどうまつり」のサイトからまつりに参加している21ヶ所の農園に直接お問い合わせを。
10月下旬にはワイナリーフェスタも
また、国内はもとより世界の歴史あるワイナリーが出品する国際ワインコンクールにおいて、入選を果すほどのワインを生み出している塩尻市。10月末開催の「塩尻ワイナリーフェスタ2011」ではそんな塩尻にある8つのワイナリー等をシャトルバスや徒歩で回り、それぞれのワイナリーでの試飲や、またこの日のために特別に用意した取っておきの秘蔵ワイン、普段は受け付けていない貯蔵庫や栽培方法の見学など、工夫を凝らした催しが予定されています。参加は前売り券購入の方のみ(今年から当日券は有りません)。10月29日(土)と30日(日)の2日間で4、500名に参加を限定しての開催。現在チケットにわずかながら−−ワイナリーめぐり30日分のチケットのみ−−余裕があるそうですので、ワイン好きの方は参加されてみてはいかがでしょうか。
関連サイト:
・日本一の味と香り 信州しおじり ぶどうまつり(塩尻市の公式ページ)
・塩尻ワイナリーフェスタ2011(塩尻市の公式ページ)
・塩尻市 観光協会ホームページ