真夏日と涼しい日を繰り返す一週間でした。特に先週の金曜日21日は、飯田市で最高気温30度、長野市でも28度をとなり、ただ座っていても汗が出てくる一日でした。しかし23日、24日は雨降りとなり、少し肌寒く感じ、梅雨がもう近くまできているのかと思わせました。暑い日と寒い日が交互に訪れるものの、朝晩はまだまだ肌寒いときが多く、体調管理には注意が必要です。
家の近所で、あやめが咲いていました。咲いている花の種類も多くなってきて庭や畑がにぎわっています。中部地区の安曇野市あやめ公園では、6月15日〜30日にあやめまつりが開催されます。70種5万株という壮大なあやめが咲き誇るので訪れる価値がありそうです。南北に長い長野県の南部地域ではお茶も栽培されていて、南木曽地域ではお茶摘みの季節を迎えました。赤石銘茶として販売もされているおいしいお茶です! よく「5月は新緑の季節」などと言いますが、信州の山も針葉樹と広葉樹が混在しているためかまだら模様が目につくようになってきています(写真)。少し異様な感じがしなくもありませんが、このまだらな山も季節を知らせる信州の風景のひとつです。
豊作や健康を願い各地で伝統行事が行われています。須坂市の墨坂(すみさか)神社境内にあり保食神(うけもちのかみ)という食べものの神さまを祭る農産神社では、豊作祈願祭が行われました。また、松本市米澤神社では、30年ぶりに太太神楽(だいだいかぐら)大祭が行われました。このお祭りは、60年に一度、庚申(かのえさる)の年に行われるものなのですが、文化継承のために、30年ごとに行われています。今年はその30年にあたる通称「小太太神楽」が、伝統を守るために開催され、多くの参拝客にあふれていました。豊作と明るい農業、健康について、人びとは祈願したようです。天下の奇祭と言われる諏訪の御柱が7年に一度開催されますが、60年に一度のお祭りには驚きました。一生に一度あるかないかの祭りなのです。伝統をつなぐのも並大抵のことではありません。2年もかけて準備が行われるそうです。地域での集まりが少なくなってきた昨今、なんとか継承し続けてほしい行事ではありませんか(写真JA松本ハイランド)。
先日長野農政事務所が、2009年産リンゴの収穫量を公表しました。収穫量は、前年と比べて14パーセント減少し、16万トンでした。主な減少要因は、生産者の高齢化による廃園が原因となっているようです。特に、りんごやぶどうなどの果樹類は、作業の手間がかかりますし、凍霜害や台風などで被害をもろに受けやすい作物。収穫間近に襲来する台風は、本当に気力をなくしてしまいます。ちなみに、りんご収穫量は長野県が全国で19パーセントとなり、出回っているりんごの1/5が長野県産です。
被害と言えば、長野県でもシカやイノシシなどによる農作物への被害が多くあります。県では農林業に対して約15億円の被害が出ています。被害を防ぐために特に中山間地域の荒廃農地を解消したり、防護柵を設置したりと地域住民全体での取組が広がっています。水田では、サギが飛来している様子をよく見かけます。これぞ田園風景だと思われるかもしれませんが、このサギも被害をもたらすそうです。
えさをとるために水田に穴を空けてしまい、足で稲を倒してしまうのです。対策として伊那市では自動式の爆音機を設置しています。設置してからは、飛来するアオサギが少なくなりました。こうした対策は人間と野生動物のイタチごっこのようですが、各種の野生動物が、水田や畑などへ出てくるようになっており、生態系が変化している原因を追求することが必要な時期が来ているようです。野生の動物や植物と共存できるぐらいにゆとりのある農業や生活でありたいものです。
口蹄疫関連4月に九州の宮崎県で一例目が確認された口蹄疫が、全国に影響を及ぼしています。口蹄疫にかかるのは、牛や豚の家畜や、シカなどの野生動物です。感染すると発熱したり、口の中や蹄の付け根などに水ぶくれができたりするなどの症状がみられますが、成長した家畜では、死亡率は非常に低い病気ですが、とにかく感染力が強く、他の動物へ移さないようにすることが肝要です。感染した牛肉や豚肉を食べたり、牛乳を飲んでも口蹄疫にかかることはありません。この事態を受けて長野県でも、口蹄疫発生を防ぐために行政や県内畜産関係団体が協力して連絡会議を発足させました。JAグループでも対策本部を立ち上げ、県内の畜産農家に消石灰を無償配布することを決めて、あわせて募金活動や署名活動、要員の派遣などを行っています。
*巻頭のカバー写真を入れ替えました。4月21日の当ブログマガジンでお伝えした諏訪郡富士見町で種まきをした水稲の苗が、先週末ようやく田植えの時期を迎えました。種まき以降、低温などの影響で、平年に比べて約1週間遅れの田植えです。信州の田植えは、終盤戦。収穫の秋に向け、いい天候であることを祈るばかりです。
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●もし天体望遠鏡をお持ちでしたら今週の月は見ものです。とくに今夜(26日)は月面上でもっとも大きい曲がりくねった谷であるシュレーター谷を見るのに一番よい位置に月がきているのです。うねうねと蛇行した谷で、宇宙飛行士たちが「コブラの頭」と呼んでいる印象的な形が見えるでしょう。4億5000万年以前に溶岩が流れた跡であろうとされ、発見者のドイツの月理学者シュレーターの名前がつけられています。満月もまもなくなので、今週は夜ごと空を見あげてください。
27日の深夜には月はほとんどまん丸になっています。満月になるのは28日の朝8時7分ですから、その瞬間には日本列島からは見えません。28日の夜に満月を迎えましょう。今年になってから6度目の満月です(今年は1月1日が満月でした)。6番目の満月を北米大陸の先住民のアルゴンキン族は「イチゴの月」と呼んでいました。今では春早い頃から食べられるイチゴですが、ほんとうはこれからしばらくの短い間が収穫の季節だったのです。
29日は「こんにゃくの日」だそうです。「5」「2」「9」を「コン」「ニャ」「ク」と読む、よくある語呂合せから、日本こんにゃく協会とこんにゃく栽培、生産者が1989年(平成元年)より制定したもの。こんにゃくの作付けが5月に行われるという意味合いもあるようです。こんにゃくと言えば群馬県を思い浮かべるかもしれませんが、長野県だって負けてはいません。調べてみると上伊那地方(駒ヶ根市、飯島町、中川村)、下伊那地方(喬木村、阿南町、豊丘村、飯田市、泰阜村、天竜村、松川町、阿智村、大鹿村、南信濃村)、長野地域(信州新町、小川村、中条村)で多く作られています。なかでも天竜川沿いの伊那地方は上も下もこんにゃくについてはうるさい土地です。日本こんにゃく協会の『近代こんにゃく資料』によれば、長野県におけるこんにゃく栽培の歴史は江戸中期からで、長野県へのこんにゃくの流入ルートは遠州から下伊那地方へとされています。「信州遠山郷 秘境の旅」ブログには「秋葉街道を通じて遠州と隣り合わせている遠山谷は、長野県のこんにゃく先進地」と記されています。全農長野 僕らはおいしい応援団のページの健康食品のところをひらくと「JA上伊那・伊那華こんにゃくセット」ととして「生産者が丹精こめたこんにゃく」が目をひくでしよう。そこにはこう書かれています。「こんにゃくは春先定植し、11〜12月の寒波の中で掘り取り、冬は一定温度の中で保存し、翌春再度定植します。それを3年間繰り返しやっと収穫が迎えられる根気のいる作物」と。29日はこんにゃく料理を食べてくださいね。
今は1年を24の季節に分ける二十四節気でいうと「小満」で、その節気をさらに初・次・末の3つづつに分ける末侯にあたる小満の31日には、七十二侯の24番目「麦秋至る」時節になります(6月5日まで)。ちょうど麦畑が黄金に輝く頃にあたります。そろそろ寒さを峠を過ぎたと考える人もいるかもしれませんが、まだ油断は出来ません。1981年のこの日、中部、関東、東北に凍霜害、農業被害額137億円という記録があります。その日長野市の最低気温は2.9℃でした。
6月。旧暦6月を水無月(みなづき)と呼びますが、現在では新暦6月の別名としても水無月は用いられるようになりました。田んぼに水を張る月「水張月(みづはりづき)」「水月(みなづき)」であるとする説もあります。かぜまちづき(風待月)ともいわれました。1日は衣替えの日。そしてアユの解禁日です。そろそろ梅の実が実る季節になりますね。長野県の梅は南信州が主産地で、品質の良いものは「竜峡小梅」と呼ばれています(写真提供JAみなみ信州)。収穫のピークは今ですが、今年は天候不順の影響で、収量は平年の65%だとか。梅雨入りも近づいています。
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